映画監督 飯塚健の「日々散々」

2012年10月31日 更新

第13回『瞬間』


たとえば……

号砲が鳴り、100メートルを駆け抜ける9秒強、

重力に逆らい、バーベルが突き上げられる瞬間、

高速ラリーの果て、約3gの白球がすり抜ける時、

はたまた、スリーポイントの軌道が弧を描き、ゴールに吸い込まれる一瞬……などなど、願いを込めて、息を呑んだ……今年の夏、勇気と感動と驚異的な寝不足に感謝しながら、ロンドンオリンピックを観ていた時の瞬間瞬間の記憶だ。

現実を生きる人生にはもちろん、映画にもそんな一瞬がある。というより、なきゃダメだ。

たとえば、『あの頃、ペニーレインと』のラスト後半、ホテルのカウンターにペニーレイン(ケイト・ハドソン)が一瞬だけサングラスを忘れた瞬間、『マグノリア』のタイトルが出た時、『リリィシュシュのすべて』の鉄塔とスポーツカイトの戯れ、『バタフライエフェクト』の最後のタイム

トリップで突き付けた言葉、『アウトレイジ』の水野(椎名桔平)の惨殺……などなど、枚挙に暇(いとま)がない。

とにかく、そんな一瞬を考えあぐねながら今、映画の脚本を書いています。つくづく思うのですが、脚本づくり(映画づくりも)と野球は似ています。

全員ホームランバッターじゃ、試合には勝てません。盗塁のできる韋駄天が必要だし、チームのために送りバントも必要です。160㎞のストレートだけじゃ三振は取れないし、むしろボール球の使いかたの方が大切かも知れない。

本当に不思議なモノで、ほんの僅かな加減で、味わいがまったく変わるのが脚本でして。そういう意味では、料理とも似ているかも知れません。よく言われているのが、機能的でない脚本はシーンとシーンが『足し算』になっている、ってヤツです。逆に良質な脚本は『掛け算』でシーンが運ばれます。

具体的には、「これからゴハンに行こう」というシーンの次に、「実際にゴハンを食べている」シーンがくるのが足し算です。これが掛け算になると、「ゴハンに行こう」のシーンの後に、たとえば「食べ終わった精算時、所持金が足りない」であるとか、「そのゴハンで食中毒になり、救急車で運ばれている」などとするのが掛け算です。

そんな掛け算を駆使して辿り着いたミッドポイント(映画の中盤あたりのことです)で、割り算をします。ミステリなどで、「コイツが犯人だぞ」と思わせてきた登場人物が殺されたりするアレです。

とはいえ、脚本は数学では決してないので、機能さえしていれば何でもアリです。むしろその『何でもアリ具合』が色と呼ばれるモノかも知れません。引き続き、なるべく独創的な『色』を模索したいと思います。

あ。最後に少しだけ告知にお付き合い下さい。このコラムを読んで頂いている皆さんがauユーザーであることは重々承知しておりますが、もしかしたら2台持ちをしているであるとか、友人に見せて貰うであるとかで、ご覧になって頂けるかも知れないと思った次第で。

11/1よりBee TVにて、ドラマと並行して撮影していたショートコントが配信されます。『のぞき穴』というシリーズです。ご覧になって頂けたら嬉しい限りです。

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第8回『音楽のチカラ』

第7回『オレンジな考察』

第6回『ハングオーバー』

第5回『人はそれでも移動する』

第4回『モノガタリ』

第3回『信じるチカラ』

第2回『本気は、出すためにある』

第1回『3連チャン』

DVD情報

『荒川アンダーザブリッジ THE MOVIE スタンダードエディション』
出演:林遣都 桐谷美玲
発売日:8月8日
価格:¥3990(税込)
発売・販売元:アニプレックス
(C)2012 中村光/スクウェアエニックス・AUTBパートナーズ

筆者プロフィール

飯塚健(いいづか けん)
1979生まれ。映画監督。脚本家。小説家。主な作品に、『Summer Nude』、『荒川アンダーザブリッジ』(ドラマ・映画共に)、『REPLAY&DESTROY』、『FUNNY BUNNY』(舞台)などがある。

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