8月25日、アポロ11号を操って、人類で初めて月に降り立った男、ニール・アームストロング船長が逝った。まだ早いのか、もう充分なのかは人によるだろうが、偉大な先人の死であることに変わりない。
私が生まれる10年前。1969年7月21日。彼が左足で月面を踏んだ時に言った、『この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である』という言葉が好きだった。監督させて頂いたauのケータイドラマ『REPLAY&DESTROY』という作品で、引用したほどだ。当時の熱狂はオンタイムでは知らないが、そのスマートな一言は、さぞ世界を揺らしたことだろう。
氏の訃報をニュースで知った時、ぼんやりと『一歩』の重要性について考えた。例えば、「あれをやってみよう」「これをやってみよう」という時に躊躇する一歩がある。そう大袈裟なことじゃなくとも、後回しにしてしまう一歩がある。というより、「好きなバンドのライブに行こう」「あの店、美味しいらしいから行ってみよう」「ちょっと遠出してみない?」などなど、「いつでもできるや」と思ってしまうことこそ、後回しにしがちだ。色んな理由にかこつけて。
人生に『もしも』はない。あの時、ああしとけば良かったなあ、なんて思ってみてもタイムマシンはない。今さら遅いのだ。現在(いま)はたちまち過去になる。そうやって人は移動を続ける。そして、移動せずとも時はすり減る。
戒めとして、壁時計の購入を妻に提案した。絶対に狂わないという電波時計がいい。秒針の音が微かに聞こえるモノがいい。その音が、リアルに人生が減っていくことを教えてくれるだろう。だが、「は?」「なんで?」「時計あるでしょ」「要らないよ」と矢継ぎ早に却下され、「それならそれこそ」とちょっとした遠出を逆に提案された。「うーん」と悩んでいると、「そうしてる内にも、数秒数分が過去に移動するよ」と聞こえた……ような気がした。
そうして気付けば、私は三崎でマグロを食べていた。都心からさほど距離のない移動だったが、有意義な午後となった。
そして今週末は、過去になった夏を取り戻すべく、仲間と避暑地へ向かう。そう遠くない未来から振り返った時に、「最高だったな!!」と言える過去をつくる気満々だ。
夏よ、まだ終わらせねえぞ。
……と意気込んでいると、「移動もいいけど、脚本も待ってるからな」と聞こえた…… ような気じゃなくて、ガチで聞こえた。
飯塚健(いいづか けん)
1979生まれ。映画監督。脚本家。小説家。主な作品に、『Summer Nude』、『荒川アンダーザブリッジ』(ドラマ・映画共に)、『REPLAY&DESTROY』、『FUNNY BUNNY』(舞台)などがある。