今後のPlayStationプラットフォームは,どのような道を模索していくのか――SCEJプレジデント河野氏に聞く,PS Vitaの今と,PlayStationプラットフォームのありよう

  • 更新日:2012年8月18日

 PlayStation 3が「収穫期」に入った2011年12月,ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の新たなプラットフォームである「PlayStation Vita」(PS Vita)が登場した。2004年12月にPSP (PlayStation Portable)が登場してから,実に7年の時が経過しての次世代携帯機の投入だ。



 2006年11月に登場し,すでに安定稼働で収穫期に入ったPlayStation 3と(余談だが,PlayStationは1994年12月,PlayStation 2は2000年3月に登場しており,その間すべてキレイに6年。PS4の足音がそろそろ聞こえてきてもいいのだが),「究極のポータブルエンタテインメントシステム」を標榜し,携帯ゲーム機初の3G通信にも対応して華々しく登場したPS Vita,そしていまだ現役で並行販売されているPSPと,SCEのゲームプラットフォームは3種で展開されている。
 さらにPlayStationプラットフォームは,ソニーグループらしく「Video Unlimited」「Music Unlimited」をはじめ,JOYSOUND DIVE(カラオケ)などのエンタメコンテンツにも対応,ネットワーク機能に注力したPS Vitaについては,Twitter,Skype,YouTube,Facebookなどのソーシャルサービスの対応にも取り込んでいる。先ごろ買収を発表したクラウドゲーミングサービス「Gaikai」の展開を控え,期待の新サービス「PlayStation 2アーカイブス」も始まり,プラットフォーム全体を取り巻くコンテンツの多種多様さが,むしろ混迷を極めているという状況だろう。


Music Unlimited


 ほんの10年前は,ゲームができてDVDが観られただけでも存在価値のあったゲームプラットフォームだが,技術の進歩と共に,携帯型でさえあらゆることが出来るようになってきた。だがそれは違う側面から見れば,ほかのプラットフォーム――具体的にはスマートフォンを指す――もまた,技術の進歩と共にあらゆることが出来るようになってきたわけで,少なくともスペック上の話だけをするならば,両者の区別は非常に曖昧なものになりつつある。

 そんな混迷の中で,あらゆる種類のコンテンツを抱えるソニーグループの,デジタルコンテンツの先鋒であるSCEは,PlayStationというプラットフォームを,どのように舵取りしていくのだろうか。日本国内向けのビジネスを担当するSCEJプレジデントである河野氏に時間をもらうことができたので,そのあたりを重点的に聞いてみた次第だ。


ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン プレジデント 河野 弘氏


4Gamer:本日はよろしくお願いします。
 実は河野さんが4Gamerにご登場いただくのは初めてなので,まずは経歴からお話いただけますでしょうか。

河野氏:どこから話しますか? 最初から話すとすごく長いですよ(笑)。

4Gamer:ええと,ではほどほどのところからでお願いします(笑)。

河野氏:ではソニーに入社するあたりはいいとして,その後私は,ベルリンの壁が壊れたあたりで,東欧に行っていたんですね。1989年に壁が壊れたので,私が行っていたのは90年からですね。ソニーのビジネスの立ち上げで。 

4Gamer:そのころって,それこそ「何も」ない混沌とした時代ですよね。

河野氏:大変な時代でしたね……。私が行ったあとくらいにドイツが通貨統合をして,国の統合まであって,何から何まで大混乱でした。西でも東でも。私なんかも,常にKGBの人が横にいましたよ。

4Gamer:け,KGBですか……。

河野氏:当時は共産主義が崩壊したばかりで,それまで禁止だったビジネスを始められるようになったわけです。でも単に「始められる」っていうだけで,想像できないくらい何もない状況にポイッと放り込まれて。実は最初,不本意だったんですけど(笑)。

4Gamer:どういった経緯で,東欧に行くことになったんでしょうか。

河野氏:壁が壊れた次の日くらいに社長が急に「東欧のプロジェクトをやるぞ」って言い始めて。それで当時の人事部長に出したヨーロッパ行きの人材の条件というのが「若くて,体力があって,あんまり頭がよくないやつ」って(笑)。

4Gamer:なんとなく理解はできますが,最後の条件はすごいですね(笑)。

河野氏:ああいう大混乱のところは,思い通りに物事が運ばないですからね。こうやってこうやったら,きっとこうなる,みたいな考えではうまく事を運べないんですよ。

4Gamer:コモンセンスもビジネスセオリーも,一切通用しないでしょうしね。

河野氏:なので「まあ,なるようになるか」くらいの考え方のできる人がいいんじゃないか,って。

4Gamer:オプティミスト代表として選抜されたわけですね。

河野氏:そうそう(笑)。なにせ私は当時27歳で,元々体育会なわけですね(編注:河野氏は慶應義塾大学野球部出身)。
 若くて元気であんまり頭が良くない,っていう条件に見事合致しまして,その人事部長が「河野というものがいます」と。「実は彼はアメリカに行く準備をしているのですけど,変えますか?」と,どんどん進めてしまって(笑)。

4Gamer:具体的にはマーケットの開拓を?

河野氏:はい。最終的に現地の法人を作りました。「ソニーって何をやってる会社?」みたいに言われていた時代があって,そこからアメリカに出て行き,ヨーロッパに出て行き,アジアにも出て行き,それぞれみんながその国のオペレーションを作って,現地の販売会社を作って,現地法人を作ったと。
 まぁ,私が入社するころにはもうほとんどそれらも出来上がっていたわけなんですが,やはりいくつかまだ未開拓だった国なり地域は残っていたわけです。

4Gamer:ソニーが何屋なのか知られてない時代もあったんですね。

河野氏:そうです。まぁそういうところの開拓っていうと,普通は特別なチームが送られるわけですけど,なぜか東欧の場合は,まず私が1人で行きまして,社員がいないどころかオフィスもありません。なにしろ,私が到着したその前日まで,ビジネスが禁止されていたようなところなんですから。
 ……実は,もともと私はアメリカに住みたいがためにソニーに入ったんですね(笑)。

4Gamer:なぜアメリカだったんでしょう。

河野氏:私は学生時分に野球をやっていたのですが,その関係で2回くらいアメリカに遠征をしてまして。そのときに,やはり日本にないものがあってすごく楽しくて。日本の野球は「体育会」ですが,向こうの野球は「ベースボール」だといえばいいですかね。とてもエンジョイするんです。

4Gamer:なるほど,フィーリングとして理解できます。

河野氏:まぁ上を目指すとものすごく厳しいので,基本的には「ベースボールを楽しむ個人」というものがあるわけです。個人というより「個」ですね。1回の表から送りバントなんて絶対にしないわけですよ。
 それがすごく楽しくて,野球以外のスポーツをやる機会もあって,絶対この国に住みたいと思って。

4Gamer:すごく若者らしい理由ですね(笑)。

河野氏:そうですね(笑)。
 でもソニーはそういうところに結構チャンスがあって,何でもアリみたいな会社だったんですよね,当時から。それで,自分ではすっかり行くつもりで,アメリカ行きのオリエンテーションまで受けていたのに,それがある日突然変わったので,ヨーロッパに行く動機が見つからなかったんですね。
 そしたら「よし,動機を探してこい。今日は仕事しなくていいから」って。

4Gamer:マンガみたいなやり取りしてますね。

河野氏:言われて探しに行ったはいいけど,もちろん見つからないわけですよ。まぁでも結局は行くことにしました。やっぱりビジネスの立ち上げというのはやりがいがありますよね。人が作ったものに入っていくのではなくて,自分が作るわけですから。

4Gamer:それほどまでの仕事はそうそうないですし。

河野氏:はい。そういう意味で面白いかな,と思って行ったんですが,それはもうすごいカルチャーショックでした。道の名前とかもですね……。

4Gamer:道の名前?

河野氏:もともとの通りの名称が体制の関係でロシアの名前に変えられていたのですが,それが革命によって元の名前に戻ったわけです。
 地図なんかまったくアテにならないし,街の人とかに聞いても,なんだか50年くらい前の名称でしゃべるわけです。でも,その名称が使われている地図なんかないので,どこを指してるのかさっぱり分からないんですね。
 ご存じだと思いますが,アメリカやヨーロッパはすべてストリートネームで住所を書くので,そもそも通りが分からないと,どこに何があるのかさっぱり分からないわけです。想像もつかない。挙げ句,信号は全部切れているし,西側からかけても電話はまったくかからないし。

4Gamer:想像を超えるカオスぶりですね……。

河野氏:元々が先進国だった国々で,非常に優秀で人間的にも素晴らしい人達なのに,それまでの体制でそんな風に変わってしまったんですね。そういう状況が作る難しさの中で,ビジネスをやっていました。
 92年~93年くらいには状況はだいぶ変わって,工場なんかもどんどん作られるようになってきていましたが,90年とか91年あたりはホントにすごかったですね。

4Gamer:東欧にはいつごろまでいらしたんですか?

河野氏:94年の末頃までかな。だいたい4年ちょっといました。

4Gamer:けっこう長い期間いましたね。

河野氏:そう簡単には物事が進みませんでしたしね。でも途中から人も増えて,いつしかチームになって,ポテンシャルがすごくあることが分かって。結局29か国くらい担当だったんですね。

4Gamer:そんなに……? あ,なるほど。ソ連やユーゴの崩壊で,国が一気に増えたんでしたね,あのころは。

河野氏:そうなんです。ソ連も分かれ,ユーゴスラビアも分かれ,それぞれが全部国になったわけです。すごい数ですよね。



ソニーマーケティングとの兼務ーーやるんだったら両方やったほうが価値がありそうだと思って



4Gamer:その後,日本に戻ってからは?

河野氏:東京に帰ってきて,しばらくは普通に仕事をしていました。私は元々現場系だったので,東欧に行く前は秋葉原の営業をやっていました。週末は店頭に立って販売したりとか。
 でもその後,CFOのサポート(Chief Financial Officer:最高財務責任者)をやれといきなり言われて。

4Gamer:いつも急ですね(笑)。

河野氏:そうなんですよ。ソニーってそういうところだったんですよ。CFOサポートって,要するに内容が経営企画だったりM&A(Mergers&Acquisitions:企業の買収/合併)だったりIR系(Investor Relations:投資家に向けての広報活動)だったりするわけで,なぜ私なのかよく分からない。だって私の周りには,バンカー(編注:ここでは銀行のbankの意)みたいな人がいっぱいいたわけですよ。

4Gamer:確かに東欧での実績があるとはいえ,戻ってきてみたら営業からCFOのサポートとはまたすごい。

河野氏:すごいというかよく分かりません(笑)。「なんで僕なんですか?」と聞いたら「現場系の視点を持った人が必要なんだ」と。大丈夫,みんな回りは頭いいヤツだから。ファイナンシャルの知識(=財務の知識)持った人はいっぱいいるし,河野君にはそれ期待してないから大丈夫だよって。

4Gamer:なんだかすごい言われようですが(笑)。

河野氏:ひどいですよね(笑)。まぁとにかく,現場の視点をちゃんと入れておかないと間違えるからと言われて,しばらくやって,とても勉強にはなりました。
 その後,またもや急に「社長のかばん持ちをやれ」と言われてやって,2002年の末くらいにはようやくアメリカに行きました。2010年までいましたね。

4Gamer:……そういえば永住する予定だったのでは。

河野氏:そうなんですよ。
 でもそのときSCEの社長だった平井(平井一夫:現ソニー取締役/代表執行役 社長 兼CEO)から連絡があって,「帰ってきて日本でゲームビジネスをやってくれよ」と。いやちょっと待ってください,僕はアメリカに永住するつもりでやっているんだと言ったんですけど,なだめられて。

4Gamer:ここでようやく河野さんがSCEに来るところまできました(笑)。

河野氏:そうですね(笑)。2010年の春からSCEJに来ましたが,やっぱりゲーム業界はビジネスとしては初めてだし,なにしろ業界の関係者の方とのコネクションも何もないですし。
 もちろんビジネスの経験としては色々なことをやってきましたが,ゲームに対する理解や経験がない状態でのスタートとなったので,各パブリッシャさんに色々教えてもらおうと思って,とにかく回ってました。

4Gamer:ご自身自ら,ですか?

河野氏:元々妙なプライドもないので,知らないことは知らないので教えてください,って聞きにいける性格なんですね。

4Gamer:メーカーさんもさすがに最初は面食らったのでは。

河野氏:「ソニーの本社でいろんなビジネスやっていたエリートが来るらしいけど,きっとアメリカ人みたいな雰囲気の偉そうな奴なんじゃないの?」とか言われていたらしいです(笑)。

4Gamer:もしそう思われていたなら,会ってみたら「あれ?」ですね。いえ,むろん良い意味で。

河野氏:ですね(笑)。
 それで色々と教えてもらいながらの始まりだったのですが,それはもう,ウチの社員にだってエキスパートがいっぱいいるわけですよ。ゲームファン代表みたいな人もいるし,業界のことにとても詳しい人もいるし。
 そういうスタッフ達と業界の方達に,本当にいろんなことを教えてもらって,それを繰り返しているうちに,なんといいますか……溶け込んでいくというか。

4Gamer:経緯は大変よく理解できたんですが,それだけ初めてのことをやりながら,ソニーマーケティングの代表取締役まで兼務するのは大変ですね。ソニーマーケティングの件は,さすがに最初は異動という話だったんでしょうか。

河野氏:そうですね。でもまぁ結局,やるんだったら両方やったほうが価値がありそうだなと思いまして。一つには,ゲーム会社さんとの関係を持ったままやったほうがいいのではないかと思ったのと,もう一つは,PlayStation全般のビジネスを考えるときに,PlayStationというハードウェアの側面を補強するのにいいな,と思いました。

4Gamer:ハードウェアの側面というのは,PlayStationというプラットフォーム全体を指してます?

河野氏:PlayStationのプラットフォームというものは,ゲームの中だけで完結しなくなっているんですね。それで終わらせるのはもったいない。ソニーグループとしてゲーム事業をやっているのであれば,ゲームの専用機をゲームだけで完結させるのではなくて,トータルのプラットフォームとして広げていく必要が見えてきますから。
 そういう動きはすでに始まっているし,そう考えると,ゲームはゲーム,モバイルはモバイル,家電は家電,って分けている意味は,実はあまりないんですね。

4Gamer:確かに,カスタマーへの距離が近いのは「マーケ」ですし,一緒にやることには大きな意味がありそうです。

河野氏:意味というかメリットというか,戦略的な意味がありそうですよ,と平井にも言いました。そもそも,ソニーとして「One Sony」(編注:迅速な意思決定によるソニーグループ一体となった経営)というプレゼンをしているじゃないですか,と。実際に実践する現場がそうなっていないと,結局できないですよね,とも言いました。

4Gamer:なるほど,One Sonyを体現するよい場ではありますね。ジャンル的にも合致してますし……というか,ソニーマーケティングと「相性の悪い」ものって,そうそうないとは思いますが。

河野氏:そのOne Sonyの実現によるフィードバックが商品に反映されていくわけだから,それを実践する現場が必要です。
 まだ始まって間もなくて,3か月くらいしか経っていませんが,間違いなくこの道は正解だったと思います。例えば,nasne(ナスネ)という製品がありますが,あれはSCEが開発した,SCEの製品です。でも,説明するまでもなくお分かりのように,あの製品の使われ方は,本当にAVライクなんですね。

4Gamer:nasneにせよtorne(トルネ)にせよ,ゲームの周辺機器という枠組みでは収まらない製品ですよね。


延期されていたnasneの発売日も,無事に8月30日で再決定した


河野氏:ええ。結局あれって,ゲーム感覚のAVの楽しみ方を提案している,すごくユニークな製品なんですね,いろんなデバイスと連携するわけですよ。例えばVAIOと一緒に使うとか,タブレットと一緒に使うとか,スマートフォンと一緒に使うとか。なのでそういう提案もしていますが,まあnasneをアピールしやすいのは,おそらくVAIOの売り場でしょう。もしくはタブレットの売り場ですかね。

4Gamer:なるほど。そこでソニーマーケティングが生きてくる,と。

河野氏:そうです。そこへのアクセスやリーチを持っているのは,ソニーマーケティングなんですね。SCEの製品を,ソニーマーケティングのルートで販売させていただくわけです。当然,私がその両方を見ているわけで,そのときのビジネスの条件とか,マーケティングアプローチとか,そういうものを同じボイスでコーディネイトされた状態で展開できるわけです。

4Gamer:逆に,SCEの「ゲーム機」という範疇でのマーケティングだけではなく,例えばテレビであり,例えばタブレットであり,例えばウォークマンであり,そういうものと絡めたゲームプラットフォームの展開もやりやすくなるということですね。

河野氏:ええ。たまたまnasneが出るタイミングなので,よく皆さんに「だからやってるんですか?」と聞かれるのですが,それはあくまでも偶然です。でもせっかくの偶然は生かしたいですし,ある意味そういうものも「流れ」なわけですよね。



マーケットが進化していくためには,コンテンツのイノベーションと技術系/通信系のイノベーションが欠かせない



4Gamer:我々はゲームメディアですから,河野さんに限らず,こういうインタビューはゲームに特化した話題に終始してしまうことが多いんですが,SCEに関しては,単にPlayStationプラットフォーム上のゲームの話をすればいいような,そういう話だけではないように思えるのです。

河野氏:といいますと?

4Gamer:ソニーグループが抱えるエンターテイメント全般の事業と,相互に深く絡めたゲームプラットフォームを展開できるのが,PlayStationフォーマットの強みなわけですよね。デバイスを超え,エンタメのジャンルを超え。河野さん自身,それを最大限に生かせる位置にいるわけですし。

河野氏:そうです。やっぱりソニーがやるんだったら,そういうことをしないと意味がないと思うんです。ゲームプラットフォームとしての戦いだけをしていても,もったいないな,と。
 ソニーグループでやっている意義というものはそういうところにもあるので,やっぱりそういうテクノロジーなりデバイスなり,もっともっと,みんなが「おっ!」と言ってくれるものを出さないといけないと思っています。

4Gamer:とはいえそれは,ゲームが軽視されるという意味ではないですよね。

河野氏:むろんです。私も2年間やらせていただいて強く意識しているのは,SCEがやっている「ゲーム」の部分が軸なんですね。ここだけは絶対に軽視できないし,ブレるわけにもいきませんし,ここをどうやって楽しんでいただけるか,です。

4Gamer:おっしゃるとおりです。

河野氏:ゲームをお客さまに楽しんでいただくために,いろいろなハードなりテクノロジーなりがサポートするといいますか。それを「エンハンサー」と呼んでいるのですが,エンハンサーがゲームプレイの楽しさを高める役割を演じられればいいな,と思っています。つまりハードありきという話ではないんですよね,まったく。

4Gamer:ええ,コンテンツありき,ですね。

河野氏:コンテンツありきで,それはすなわち,それを作っている現場のクリエイティビティありき,です。ここが一番大事なところです。
 このクリエイターさんのクリエイティビティと,ハードメーカーとしてのエンジニアのクリエイティビティ――エンジニアとしての発想と言い換えてもいいですが――これってすごく似ているんですよ。

4Gamer:アウトプットの媒体が違うだけで,確かに行為そのものの本質は同じかもしれません。

河野氏:そう,「何かを生み出す人達」という意味で同じなんですよね。
 この何かを作り出す人達というのは,すごく価値があるわけです。それは,ゲームにおいてはクリエイターの人であるわけで,この人達が何かチャレンジしてみたいと思うような技術提案をするとか,この技術があれば,コンテンツがこんな風に膨らませられそうだとか,そういうものを私達はもっと持っていかなくてはいけないと思っています。それを期待されているとも思いますし。

4Gamer:マーケットの発展のためにはテクノロジーのイノベーションが欠かせない?

河野氏:単にそういう話でもありません。マーケットがどんどん進化していくためには,やはりコンテンツのイノベーションと,技術系/通信系のイノベーションが合致する必要があると思うんですね。なので私達の「軸」として,コンテンツ系のより良いクリエイティビティやイノベーションをどれだけ引き出せるかが重要だと思っていて,それはすなわち,作る人達とのパイプを持ち,たゆまぬコンタクトをして,その人達が何を考えているか,いま何に行き詰まっているか,そういうことを理解していくことだと思うんです。

4Gamer:それもあってご自身でメーカー周りをしていたんでしょうか。

河野氏:私のこの2年間は,確かにそこが重点領域といいますか,その方達と話をすることで理解を深めていったわけです。その後こちら側のエンジニアとも話をしながら,「こういうことをサポートできる方法はないのかな」とかね。

4Gamer:では,その2年間の足で通った成果はぼちぼち……ですかね。

河野氏:ゲームコンテンツは,いろいろな要素があって出てくるものなので,なかなか難しいところもありますが。開発のサイクルであったり,順番みたいなものであったり。
 ある種の成果という意味では,今年のPlayStation 3のタイトルなんかを見てもらえば分かりますが,強力なタイトルが年末に向けて控えているわけですね。

4Gamer:Vitaはいかがでしょう。

河野氏:PlayStation Vitaはまだ新しいプラットフォームですが,相当良いものも揃ってきていますし,6月も非常に手応えがありました。

4Gamer:河野さん的には,6月は手応えありました?

河野氏:ありましたよ。
 まず,ガンダムSEED(機動戦士ガンダムSEED BATTLE DESTINY)が出ましたよね。そのすぐあとにペルソナ(ペルソナ4 ザ・ゴールデン)が出ました。ペルソナもあれだけの数(編注:2012年7月15日時点で20万本)が出て,PS Vitaプラットフォームを牽引してくれました。

  • 「機動戦士ガンダムSEED BATTLE DESTINY」
    (C)創通・サンライズ
  • 「ペルソナ4 ザ・ゴールデン」
    (C)Index Corporation 1996,2011 Produced by ATLUS

4Gamer:ペルソナは売れましたねえ。

河野氏:本当に素晴らしいと思います。そのあとMETAL(METAL GEAR SOLID HD EDITION)が出て,そろそろタイムトラベラーズが出て,パワプロ(実況パワフルプロ野球2012)が出て,ミク(初音ミク -Project DIVA- f)が出ます。年末にかけても結構ありますし。

  • 「METAL GEAR SOLID HD EDITION」
    (C)Konami Digital Entertainment
  • 「タイムトラベラーズ」
    (C)LEVEL-5 Inc.
  • 「実況パワフルプロ野球2012」
    (C)Konami Digital Entertainment
  • 「初音ミク -Project DIVA- f」
    (C)SEGA / (C)Crypton Future Media, Inc. www.crypton.net



盛り上がるPS Vitaと,それを周知させることについて



4Gamer:河野さんご自身が,以前から「PS Vitaは6月を見ていてくれ」という感じのことをおっしゃっていましたが,それにしては盛り上がり感にちょっと欠けたかな? という気がしているんです。いえ,確かに台数も順調に伸びていますし,タイトルも揃いつつありますし,話題にあがったペルソナなどを筆頭に,売り上げも上々な感じなんですが。
 ただ申し訳ないことに,6月全体でPS Vitaが盛り上がった感というのがイマイチ感じられなかったな,と思っているんです。

河野氏:数字的な事は細かく触れませんが,直近は特によく動いてくれました。あと,PlayStation Networkでのアクティブ度合いとか,PS Vitaを購入したあとでのトランザクションとか,そういったアクティビティなどを見ると,PS Vitaプラットフォームそのものが盛り上がったのはよく分かります。
 あと本数という話ですが,店頭発売と同時にダウンロード版の発売もしているわけです。そちらの数字は公表していないのですが,PS Vitaはネットワークにより親和性の高いハードウェアだけあって,その部分がかなり異色の数値になっています。

4Gamer:ダウンロード版の販売本数は相当なものがある?

河野氏:活発ですよ,すごく。

4Gamer:我々4Gamerに限った話ではないですが,ゲームメディアなどによく売上本数のランキングが出ているじゃないですか。PS Vitaの場合,ダウンロード版の販売がそこまで良いのであれば,それが見えてこないのはちょっと不利じゃないでしょうか。

河野氏:ただそこは,ゲームのパブリッシャさんとコミュニケーションをキチンととっていれば,問題はないと考えています。

4Gamer:私も個人的には売上本数のランキングとかは,別に気になりません。「売れているもの」を選ぶわけではないですし,自分が選んだものの数字が高かろうが低かろうがそこは関係ないので。ただ,PV(ページビュー)の多さを鑑みても,業界の人だけではなく広く見られていることは容易に想像が付きますし,そういったときに,目に見える数字の大小だけで「面白そうに見える/見えない」のフィルターがかかりそうなことを,若干なりとも危惧しているんです。

河野氏:これからも,自社やパブリッシャさんからタイトルを供給していただけるようSCEJも協力できるところは可能な限りサポートします。例えばFree to Playのパフォーマンスなんかは手応えを感じているわけで。

4Gamer:サムドラ(サムライ&ドラゴンズ)なども,大変調子が良いそうですね。
 ご自身がおっしゃったようにパブリッシャさんだったり,SCEさんだったり,あとはこうやって直接話をお伺いできるメディアであったり,そういう人達であれば分かりますが,ユーザーにはいま一つ見えないわけですよね。体感で「なんとなく分かる」部分はあるかもしれませんが。


「サムライ&ドラゴンズ」
(C) SEGA


河野氏:そうですね。

4Gamer:私は,今後のPS Vitaプラットフォームの盛り上がりを考えたときに,そこを懸念しているんです。
 それでちょっと話を戻してしまうんですが,先ほどの6月の話はそこが起点でして,端的に言うと「PS Vitaやっぱすげえ!」って思える何かが欲しいな,と思っているんです。とくにいまの段階で買ってくれているユーザーは,いわゆるコアゲーマーと呼ばれる人達がメインでしょうし。

河野氏:なるほど,確かに我々にとってもすごく重要な方々ですね。

4Gamer:そうですよね。何につけ,最初のトリガーを引いてくれる人達です。別にその人達に媚を売るとかそういうことじゃなくて,なにかこう「やっぱりPS Vitaすごいじゃん?」とか「PS Vita買ってよかった」っていうものがあったほうが良かったんじゃないかな,と思ったんです。

河野氏:なるほど。いろんなコミュニケーションを取ったり,いろんなことを周知したり,そういう努力はもっともっとやるべきですね。



PS Vitaにおける「ネットワーク」の重要性――3G通信であることの必然性



4Gamer:そういえば,オンラインでの課金ビジネスモデルも,ここ最近の無視できないファクターですし,PS Vitaはネットワーク機能が大きな特徴ですが,ちょっと前にドコモから「6月期限切れのPS Vita回線のうち,10万を超える回線数が契約更新されなかった」と表明されました。あのあたりに関しては,何かてこ入れを考えていますか?
 「楽しもう3G」みたいな企画があったことは重々理解しつつ,もうちょっと大枠のお話をお聞かせいただければ,と思いまして(編注:インタビュー後に,第二弾も発表されたようだ)。

河野氏:PS Vitaのオンライン接続には,3Gのネットワーク接続と,いわゆるWi-Fi接続がありますよね。ドコモさんとはしっかりパートナーシップを結ばさせていただいて,いろんな先々の話をしながら進めているのですが,やはりそこで出てくるポイントは「3Gであることの必然性」なんです。
 例えば,ワイヤレスアクセスのポイントが増えれば増えるほど,接続のされ方が多様になりますから,その接続が3Gである価値を,費用対効果も含めてどうやって出していけるかですよね。そしてそれは,ゲームの作り方にも影響してきますし。

4Gamer:確かにそうですが,ちょっと言葉を変えると「どこでも繋がることがメリットであるゲーム」が出たときに,初めて3Gの価値が生きるわけですよね。でも現時点では,そういう作品があまり見当たりません。その意味において,このあと何かSCEとして考えているのかというのを聞いておきたかったんです。

河野氏:それは,もちろん考えてますよ。でもそれはウチだけで考えているというよりは……。

4Gamer:そうですね,むろん他社さん含め,ですね。

河野氏:ええ。共通の課題として,何ができるのか,どんな価値が提供できるのか。3Gだったらこんなことができる。ユーザーさんからも,「3Gじゃないといけない理由を教えて下さい」という声は多かったんです。
 絶対に3Gですという,強烈な理由や説得力は,まだまだこれからさらに積み上げていかなくてはならないと思っています。とはいえいろいろな販売努力もあって,3G版の比率は結構上がってきていますよ。

4Gamer:……話してて思い出したんですけど,サムドラや,最近だとシェルノサージュ(シェルノサージュ~失われた星へ捧ぐ詩~)なんかは,3Gであることが生かせるコンテンツですよね。


「シェルノサージュ ~失われた星へ捧ぐ詩~」
(C)GUST CO.,LTD. 2012


河野氏:確かにそうですね。ああいうタイプの「すごく興味のある人に強烈に響く」コンテンツが,実はPS Vitaには多いんですよね。

4Gamer:それがPS Vitaの魅力ともなってるわけですが,より広く多くの人にリーチするコンテンツも必要になりますよね。

河野氏:はい。そういう作品が大事な層を捕まえてくれて,お客さんを誘引してくれているのは事実ですし,とてもありがたいことだと思います。
 しかし,それがトータルの勢いになるためには,確かにまだまだタイトルを出さなくてはいけないだとか,ネットワークを使って遊べる価値を提供しなくてはいけないだとか,やらなきゃいけないことがいっぱいあるかな,というところです。

4Gamer:まだまだPS Vitaは発展途上である,と。まぁでも登場してからまだ8か月ですしね……。

河野氏:ええ。もちろんこの業界を活性化させたいという思いはあるんです。日本全体がすごく「下がって」きていて,何をやるにしても縮んでるじゃないですか。経済全体もそうだし,この先どうなるの? という不安だけがあって。

4Gamer:全体がまだ下がり基調ですし,ゲーム業界だけ難を逃れられるわけでもないですよね。

河野氏:ええ。日本そのものがどんどん下がっているわけですから。
 それで,下がっているときに何かが起きるとしたら,やはりイノベーションがあって,そこで急上昇するチャンスが出てくると思うんです。それはゲーム業界で言うなら,さきほどのようなコンテンツでしょうし,そのコンテンツのイノベーションが何に誘発されるかというと,新しい技術だったり通信機能だったりすると思うんですよね。

4Gamer:いまSCEが抱えている,そこに対するアプローチの先鋒がPS Vitaというわけですね。

河野氏:PS Vitaの持っているポテンシャルというのは,すごく大きいと思っています。まだまだ時間が足りていませんが,PS Vitaが業界を活性化する可能性を秘めていると思っています。
 例えばここで,PS VitaがただのPSPの延長線上にある後継機という位置付けだったとしたらどうでしょう。100%互換だったりすれば,それはそれでいいかもしれませんけどね。

4Gamer:まぁ「そこそこ」いいマシンではありますね。たぶん私は買います(笑)。
 ……でもそれでは,イノベーションをもたらすハードウェアにはなり得ませんね。

河野氏:ええ,そこそこなんですよね。業界を少しは盛り上げるかもしれないけど,急上昇はできないでしょう。PS Vitaにはスペック的にいろいろと出来る可能性があって,この良さを,何とかしてユーザーさんやクリエイターの方にも知ってもらって,こっち側に入ってこられるようにしなきゃいけいない。そのためにやるべきことって,本当にいっぱいあるんですよね。



既存のビジネスモデルにオプションを――ゲーム機のコモディティ化は避けねばならない



4Gamer:ユーザーとクリエイターにPS Vitaの良さを分かってもらうためには,二つのレイヤーがあるわけですよね。対デベロッパでPS Vitaをアピールすることと,対ユーザーにアピールすること。おそらくその二つは,全然違うことをするべきだと思うんです。それぞれが「これがメリットだ」と思う部分は本質的に違うでしょうから。
 そこに向けてSCEとして,近々ではどんなことをやろうと思ってますか?

河野氏:PS Vitaで出てくるタイトルを,ゲームデベロッパさんはもちろん面白く仕上げてくるわけですが,それをどれだけ面白く伝えるか,あるいはそれをどうやってイベント化するかというのは重要かもしれません。
 ……ちょっと抽象的すぎるので具体的に言うと,例えば今までの「じゃあ5800円で」とか「4980円にしよう」とか,ある種の決まりきったビジネスモデルだけではなくて,もっともっとお客様がプレイしやすくなるような形を考える,とかですね。なので, Free to Playのタイトルも思い切って導入しているわけです。

4Gamer:なるほど。おっしゃることはよく分かります。

河野氏:ご存じでしょうが,ダウンロード版が先に出て,そのあとでパッケージ版が店頭に並ぶという,今までとは全然違うやり方をしているタイトルもあるんですね。パブリッシャさんとの議論の中で「ぜひともこういうことをやってみたい」という先方の強い考え方があって,それを実際にやってみた次第です。お客様は,文字どおりタダで始められるわけです。
 今までの決まりきったパターンだけでなく,お客様がゲームを始めるハードルを低くするようなことを,もっといろいろやっていかないといけないな,ということは考えています。ハードルをとにかく低くする。これがキーになりますね。

4Gamer:ある意味,既存のビジネスモデルからの脱却でしょうか。

河野氏:うーん,脱却かと言われると……。

4Gamer:言葉がちょっとキツいですね。「拡張」でもいいです。

河野氏:そうですね。既存のビジネスモデルのいいところはいいところでちゃんと推し進めながら,オプションを広げるというか。そういうことをやっていきたいんです。
 今までは,パッケージで販売して,ある時期になったらちょっと値段変えて,またある時期になったらベスト版を出して……ということをやってきましたが,今後はメーカーさんにも,もっと多くのオプションを提供できるようにしたいと思っています。

4Gamer:結局のところ,いまのリッチなゲーム開発は,投資に見合うだけのインカムを得る手段が少なすぎると思うんです。

河野氏:そうですね。リスクが高すぎるという点は否定できません。そこを軽減するためのオプションを提供できるようにするというのは大きな課題ですね。
 その話で言うなら,PS Vitaだけで完結するのではなく,PlayStation 3とPS Vitaで使えるものとか,クロスでいろんなことができるようにとか,あるいはPS Vitaでも遊べるけれど,ほかのデバイスでも遊べるようにするとか。

4Gamer:PlayStation Mobileですね。

河野氏:そうです。そういうところのオプションを提供していくことも大事だと思います。
 だからSCEとしてやっていかなきゃいけないことは,いくつかのイノベーションなんです。ゲーム会社さんとのビジネスを継続してやっていけるように,ですね。結局そういう部分をおろそかにしていくと,業界としては完全にコモディティ化に至ることになるわけです。そうなったらもう戻れませんよね。

4Gamer:PCとかテレビとか,ちょっと前ならCDプレーヤーとかがそうなっちゃいましたね。

河野氏:それだけは避けなくてはいけません。
 ですので,カジュアルなマーケットも当然大事ですが,やっぱりゲームの醍醐味とか奥の深さとか,産業としてそういうものをちゃんと持っておかなくてはならなくて,それをどうやって作り出すかというのがすごく重要なんです。そこの部分でSCEが果たさなければいけない部分は,すごく大きいんです。



スマートフォンは,PS Vitaのライバルではない



4Gamer:おととしくらいから,スマホと,それに呼応するような形でソーシャルゲームが台頭してきて,今年の頭には完全に華開いた感じですが,日本の開発者の方は,どうしてもちょっとだけ及び腰だった部分もあったと思うんです。それぞれにいろんな理由があったんでしょうけど。
 でも昨年あたりから,やりこみ要素の強いRPGであったり,割とコアなアクションゲームだったりが出始めてそれらが評価を得るようになると,「こういうものを作ってもいいのか。オレもスマホに行こう」って,どんどん入っていくわけです。
 そういう開発者の移動を含め,またユーザーの遊び方を含め,さらにはAndroidを筆頭とした果てしないスペックアップを含め,PS Vitaという3G通信機能を持った携帯ゲーム機の最終的なライバルはスマホだと思ってしまうんですが,そのあたりはどうお考えでしょうか。

河野氏:ゲームそのもの――PS VitaとかPlayStation 3で遊ばれているゲームと,いわゆるカジュアルなゲームは,直接的なライバルではないと思っています。

4Gamer:少なくともカジュアル系がまだ多い今は,確かにそうですね。

河野氏:いえ,ずっとそうじゃないと思っています。どんなものであれ,どんどんインプルーブ(改善)されていくという部分を無視してはいけません。もちろん,こっち側のインプルーブがなければ,差は縮まって追いつかれてしまうんですけど,ゲーム専用機にはゲーム専用機のイノベーションがあると思うので,そこはライバルにはならない,と私は思っています。

4Gamer:うーん……しかし,そういう話であれば,圧倒的に向こう側に強みがあると思えるんです。ハードウェアスペックであれなんであれ,スマホのほうが進歩は速く,数年を戦わなくてはならないゲーム専用機とは,そこが大きく違いますし,Googleのロードマップを見ても,現にスペックアップの速度は相当に速いです。

河野氏:仮にユーザーさんが使っている時間とか,開発者のリソースとかの部分が,今までゲーム専用機に特化して「100」が割り振られていたのに,そのうち30なり40がスマホにシフトしたら,それはこちらのリソースが減るわけですよね。
 なので,そこの部分はある意味,取り合いになると思います。当然無視できない問題ですし,どうにか考えなくてはいけませんが,例えばPlayStation Mobileなんかの方向性が,その解決の一つではありますね。PS Vitaでも遊べるし,同じものをAndroidの端末でも遊べるとか。

4Gamer:PlayStation Mobileは,私はプロアマチュアというかセミプロというか,そういう人達の参入を意識したものだと思っていたんですが,ゲームデベロッパもメインの対象になるんでしょうか。

河野氏:プロアマチュアも含めて,ですね。その人達がいずれメジャーなゲームを作ることがあるかもしれませんし。ゲーム専用機のゲームを,ゲーム会社が作るだけのものから,プロアマも作れるように,というハードルを少し下げる効果もあります。このハードルを下げるというアクションは,いろんな意味で必要になってくると思うんですよ。
 まぁでも現実問題として一番意識するのは,開発者のリソースですね。

4Gamer:はい。それがどんどん割かれていくと,スマホの作品は増え続け,PS Vita――に限らずコンシューマ機全般ですが――の作品は一向に増えないという,業界としては誰も嬉しくない結果になってしまいます。

河野氏:そうですね。そしてゆくゆくは業界としてコモディティ化に進みかねないんですね。

4Gamer:……とはいえPS Vitaの動きは,YouTubeでありSkypeでありFacebookであり,ネットワークサービスの充実を図っていますが,それこそがコモディティデバイス化じゃないですか?

河野氏:ネットワーク機能も必要だと思っていますけど,PS Vitaはやっぱりゲームタイトルですよ。

4Gamer:そこがずれていないのであれば安心です。

河野氏:先ほどもちょっと話題に出ましたが,軸はそこですよ。ゲーム機ですから。でなければ,いまおっしゃったように,PS Vitaを選ぶ理由が減ってしまいます。

4Gamer:ええ,まさにそれを危惧してるんです。

河野氏:スマホでいいや,と思われるようなことをやってはいけなくて「やっぱりPS Vitaじゃないと!」というものが必要で,そのためには,良いタイトルを,PS Vitaの直感的な操作とグラフィックスで楽しめるということも重要です。そしてそれをもっと楽しむために,ネットワークとの連携やPlayStation Networkとの連携を密にして,それによって完成度を上げる,そこが一番重要だと思うんですね。

4Gamer:ではそれを促進するためには,一体何を?

河野氏:私がソニーマーケティングとの兼務の中で決めたのは,デベロッパさんやパブリッシャさんに使っている時間,この部分は絶対に減らさない,ということです。また流通さんとの営業系の仕事,あるいは生産計画みたいなオペレーション系の仕事は,周りには申し訳ないけどそこはデリゲーション(任せる,の意)して。

4Gamer:誰か他の人でもやれる仕事はまかせる,と。

河野氏:そうですね。ただ,デベロッパさんやパブリッシャさんへの時間だけは,私も直接入ってやります。だからシェルノサージュの発表会も行きました(笑)。

4Gamer:はい,いらしてましたね。ちょっと予想外でした。

河野氏:でも,重要なんです。だってそこが軸ですし,優先順位はそこにあるんです。
 あの話(編注:ソニーマーケティングとの兼務の話)があったときも,各ゲーム会社のトップの人達に連絡をしています。実はこういう発表があるのですが,今まで私がゲーム業界に対して使っていた時間は一切変えません。今までどおりなので,そこは心配しないでください,と。
 ほかのSCEでの仕事を少し圧縮するけど,そこでやることがなんらかのメリットを持ってくるので,それを期待してください,と。この軸だけは絶対にぶれることがないようにしないとダメだと思います。

4Gamer:なるほど。気合いはよく分かりました。



PS Vitaの盛り上がりに必要なもの――まずコアユーザーの満足度を上げること



4Gamer:しかしPS Vitaは,ホットモック(試遊機)がある場所や,それに触る機会を,もっと増やしたほうがいいんじゃないでしょうか。PS Vitaというプラットフォームの良さは「触れば分かる」という類(たぐい)のものなので。そういう意味では,ニンテンドー3DSに似ているかもしれません。
 私は割と田舎のほうに住んでるんですが,PS Vitaのホットモックって,近くであまり見かけないんですよ。周辺の中高生に聞いても「今のPSPでも別に困ってない」とか,とても素直な反応をするんですが,もったいないなぁ,と。

河野氏:確かに……確かにそうですね。ほかには何かアドバイスないですか?

4Gamer:え。いや,そんなつもりで言ったんじゃないんですが……。
 でもやっぱりさっきも話題に出したように「すごく盛り上がってる」感に欠けるのが気になってます。ソフトも充実してきて,中でも例えばペルソナなんて,いま把握できる店頭版だけで大体20万本くらいですから,PS Vitaが70万台くらいだとして,大体……まぁ大体30%くらいでしょうか。
 実装率30%って,いわゆるA級のキラータイトル相当ですよね。そういうものが出ているにも関わらず,「今PS Vita買わなきゃ!」っていう気になってこないとか,そういう感じがちょっともったいなく思っています。
 そういう部分を筆頭に,今PS Vitaを持っているコアゲーマーに対してのアプローチが優先なのか,やはり台数を増やしてプラットフォームとしての完成度を高めていくことを重要視しているのか,もしくは5分5分なのか,そのあたりはいかがでしょう。

河野氏:そうしたアプローチを含めて幅広く対応していかなくてはいけませんし,買っていただいている人達に,使ってもらって満足してもらうとか,その人達に情報提供するとか,そういうことも大事だと私は思っているんですよ。

4Gamer:それは現時点での話ですか?

河野氏:現時点でというか……。

4Gamer:通じて?

河野氏:ええ,そうですね。PlayStationというのは,やっぱりPlayStationファンが楽しんでくれてこそのプラットフォームだと思うので,買ってもらったからOK,はい次,次,次,というよりは,買ってくれた人達のケアやフィードバックが一番大事だと思うんです。
 そういうことをしていけば,そこに対しての色々なサービスが充実してきます。そのことによって,使っている人達の満足度が上がり,ちゃんと広がっていく。それが理想です。(手で輪を作って)今いる人がここだとすると,次に我々が目指すべき人達は,この輪の周辺にいる人だと思っていて,決して(輪から遠いところを指して)ここじゃないんです。

4Gamer:波紋の様に広がっていかないとダメだということですね。

河野氏:そうです。さらにそれが,アクティブなまま広がっていかなきゃいけないわけですね。ですので,名前の挙がったようなタイトルの実装率が20%なのか30%なのか分かりませんが,かなりの高い確率で買ってくれていることは事実でしょう。その人は,すごく重要な人達なわけですよね。先ほどで言うなら最初の輪,そのものです。それを保ちながら,プラットフォームとしてきちんと育てていかないといけないわけです。

4Gamer:だいぶクリアに理解できました。

河野氏:話を戻すと,ウエイトが何%なのかハッキリとした数値はないのですが,そこに対して力を入れたいとずっと思っています。例えば今年の3月にも,PS Vitaを買ってくれたお客様に対して,PlayStation Networkの簡単なアンケートに答えてくれれば1000円分のチケットを差し上げますというイベントをやりました。単に効率だけで言うならば,すでに買ってくれている人達にお金を使ってプロモーションする必要はないですよね。

4Gamer:確かにおっしゃるとおりですね。あくまでも経済効率的視点での話ではありますが。

河野氏:ええ。なんでわざわざやるの? という意見もありましたが,私はそれが重要だと思っているんです。その人達に「なるほど,こうやってダウンロードするのか」ということを体感してもらうのと,早い時期にPS Vitaを買ってくれている人達に対する御礼ですね。
 実はこれ,すごい重要なことだと思ってます。

4Gamer:というかゲームそのものって,決して生活必需品ではないんですよね。

河野氏:ええ。なので,それを支えてくれているというのは,ある意味「サポーター」です。だから,そういう人達を常に意識したり大事にしたりというのは,ある意味すごく当たり前だと思うんです。
 じゃあ,それだけでいいかというと,そういうわけでもなくて,その人達が外へと広げてくれることが重要です。そこの後押しを考えたり,私達自身が積極的に取りに行くというアクションも重要ですよね。そこをもうちょっと頑張らないといけないかもしれませんね。



PlayStationプラットフォーム全体の価値を上げていくことが,最も重要な責務



4Gamer:となると,それを取りまとめた全体の……ええと,なんて言えばいいだろう。

河野氏:ストーリー?

4Gamer:近いんですが,もうちょっとイメージ的なものです。先ほどの「全体像が見えづらい」話にも絡んでます。
 分かりやすいので例え話をPS Vitaに限定してしまいますと,「PS Vitaだからこんなことができるんだ」というのが若干見えづらいと思うんです。先ほどの中高生の話ではないですが,「だってちょっとキレイなPSPでしょ」という認識が端的にそれを表してますよね。単にPSPよりキレイなゲームが遊べるだけじゃないという魅力が,まだ広く届けられていないんじゃないかという気がしているんですね。
 ……正直なところそれは,僕らメディアの責任でもあるんですが,どうやってアピールするのがいいのかな,というのは常々考えています。

河野氏:それはとても重要ですよね。いわゆる製品の「定義」というか,その製品をどうやって端的に言い表すかというのは,とてもキーになると思うんです。
 私達は,PS Vitaを「究極の携帯型エンタテイメントシステム」という言い方で発表しましたし,実際にそれは正しいんですが,それが納得できるための部分をうまくやっていかなくちゃいけないという気がしますね。

4Gamer:その表現は確かに正しいんですが,ちょっと曖昧かなぁ,と。言ってしまえば,キャッチコピーレベルであれば,巷でよく見る表現ですし。

河野氏:シンプルな分かりやすさが必要かもしれませんね。

4Gamer:……そろそろお時間のようですので,最後の質問をさせてください。
 河野さんは,PlayStationプラットフォーム全体をこのあとどういう方向に進めていこうと思ってますか? ここ最近だと,PlayStation 2アーカイブスが始まったり,Gaikaiの買収が発表されたり,先ほどからの話ではないですが「あれもこれも」という感じで四方八方に手が伸びている印象を受けているんですが,それをどのようにまとめて,どういう部分からアピールしていこうと思っているのかを教えてください。

河野氏:日本の話としてですが,とても簡単な話で,プラットフォームの価値を高めていくことだと思うんです。PS VitaはPS Vita,PlayStation 3はPlayStation 3という割った構造にならないように,それぞれが持つアセット(資産)を,PlayStationプラットフォームとして共有していく。そうすることによって,プラットフォーム全体の価値を高めていく,というのがまず一つ重要な部分です。
 そしてもう一つは,そのプラットフォームの広がり方を,PlayStationをベースとして,そもそもPlayStationがなかったところに,どうやってブリッジをかけていくかということも重要です。

4Gamer:後者は「ゲームをするためのプレステプラットフォーム」にはとどまっていない話ですね。

河野氏:はい。いまさらですが,「PlayStation」というのはすごく良い名前だと思うんですよ。その名前が示すコンセプトを大事にしながら,そこからプラットフォームが広がっていくようなことをしたいですね。
 デバイスがつながってプラットフォームが広がるために,そこに据える「核」は何がいいんだろう,と考えると,それはやっぱりPlayStationだと思うんですよ。むろん,ゲームコンテンツがすべてをつなぐという意味ではなく,PlayStationの持っている思想というか,発想,これが一番大事です。

4Gamer:当然それらを,ゲームを主軸に据えることで推進していく,と。

河野氏:もちろんキラーコンテンツとして一番重要なゲームというものがありますし,それはゲーム機としてのPlayStationにおいてはファーストプライオリティのコンテンツなわけです。でももしかしたら,そういう全体の話になったときには,ファーストプライオリティじゃないのかもしれません。
 それでも,プラットフォームの広がりにゲームが乗っていけるという意味では重要だと思っています。そんなわけで,プラットフォームをつなげて広げていく役割を,PlayStationが担うんじゃないかと思ってますし,そういうつもりで全力を尽くして,2つの会社を見ているわけです。

4Gamer:よく分かりました。ありがとうございます。
 ではホントに最後になりますが,何か読者にコメントをお願いします。

河野氏:PlayStationは,4Gamerの読者のみなさんに代表されるような方達に支えられていると思っています。愛されて,ときには鍛えられて。
 SCEJは,その存在意義みたいなものをちゃんと追求していきたいと思っているので,「こういうことやんなきゃダメだろ」とか「こういうこと期待しているんだよ!」というものがあったら,ぜひ私達に投げかけて欲しいと思っています。プレコミュの意見には全部目を通していますので。

4Gamer:ということは,あそこに書けば河野さんに届くということですね。

河野氏:もちろんです。

4Gamer:ではその旨,キチンと書いておきます。本日はありがとうございました。



――2012年7月10日収録


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※この記事は、4Gamer.netより提供された情報をもとに、テレビ朝日が改変・編集し掲載しています。元記事はこちら

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