同人誌は採用の基準になるが,学校の課題は駄目――3Dモデル制作を専門に請け負うゲーム開発会社フライトユニットの考え方

  • 更新日:2012年8月6日

 最近,ゲームのクレジットに「フライトユニット」という名前を見かけることが多くなってきた。
 フライトユニットとは,いわゆる3Dモデルの作成を専門に請け負っているゲーム制作会社。古くは「シャイニングフォース イクサ」のキャラクターモデルの制作元として脚光を浴び,最近では,ガストより発売された「アトリエ」シリーズや,MAGES.の「ロボティクス・ノーツ」,さらには「アルトネリコ3」「GOD EATER BURST」といった作品でメインキャラクターのモデリングを担当するなど,数多くの人気作に関わっている開発会社である。


フライトユニットがモデリングを担当する「アーシャのアトリエ~黄昏の大地の錬金術士~」


 フライトユニットという会社の面白いところは,いわゆる“外部の下請け開発会社”という立場でありながら,そのゲームの“メイン”とも言える部分に積極的に参加し,そこを任されているという点だろう。というのも,通常,花形とも言える主役キャラクターの設定/制作などは,基本的に「誰もがやりたがる」仕事の一つであり,外の人に任せたいと思わないものなのだ。  であるならば,なぜフライトユニットは,そうした“面白い仕事“を任せられる状況になっているのだろうか。しかも聞けば,現在のフライトユニットは,同時に10以上のプロジェクトに携わっており,そのほぼすべてが“面白い仕事”ばかりの担当になっているという。これは一体,どういうことだろうか?  今回4Gamerでは,昨今,日本のゲーム業界内にあって活躍が目立つフライトユニットの代表取締役・松本浩幸氏に話をうかがう機会を得て,フライトユニットの成り立ちから現在までの経緯,仕事の仕方からそのポリシーまで,さまざまな話を聞いてみた。


※PCサイト


フライトユニットの社内の様子



同人誌は採用の基準になるが,学校の課題は駄目

松本浩幸(まつもとひろゆき):フライトユニット代表取締役。1992年に大阪のゲーム制作会社ラクジンに入社してゲーム業界へ。その後,セガを経て独立。フライトユニットを立ち上げ,「シャイニングフォース・イクサ」や「アトリエ」シリーズ,「シェルノサージュ」「ロボティクス・ノーツ」「ゴッドイーター」など,著名タイトルの3Dキャラクター制作に携わる


4Gamer:フライトユニットさんは,いわゆる下請けの開発会社という立ち位置でありながらも,最近「名前が前面に出る」お仕事をよくされていますよね。

松本氏:はい。おかげさまで。

4Gamer:今回は,「外部」の立場であるフライトユニットさんが,なぜそうした仕事を取って来られるのか,のような部分をお聞き出ればと思っております。フライトユニットさんの仕事の進め方や考え方に,何か秘密があるのではないかと思って。

松本氏:分かりました。よろしくお願いします。

4Gamer:まず,「フライトユニットはどんな会社なのか」からお聞きできればと思うんですが,フライトユニットさんの成り立ちってどういうものだったんですか?

松本氏:大元のところで言うと,昔,3DCGの投稿/コミュニティで有名だった「StudioMOMO」というサイト(※)の方が会社を作るというので,そこの監査役役員という形で入らせていただのが発端ですね。
 その会社は,当時たくさんいたフリーランスのCGクリエイター達を集めて,みんなで仕事しようぜ!というものだったんですけど,これがなかなかうまくいかなかったんです。事実上,1年くらい僕が会社を切り盛りしているような状態だったのですが,会社の状況が悪い分,あらゆる飛び込み営業をしたりだとか,どうやったら仕事になるのかを必死に考えなきゃいけない感じで。

※2012年現在も「StudioMOMO Ver2.0β」としてサービス中。投稿された3DCG作品やフォーラムを見られる

4Gamer:それは大変そうですね。

松本氏:はい。ですが,その経験がフライトユニットという会社を運営していくうえではとても役に立っているんです。

4Gamer:ちなみに,その会社がそのままフライトユニットになっていったんですか?

松本氏:いや,フライトユニットができるのはこの少し後です。最初の頃は,小さな受託の仕事を黙々とこなしていたんですが,あるとき,「鋼の錬金術師 翔べない天使」のキャラクターや,「FANTASY EARTH ~THE RING OF DOMINION~」のモンスターを作るという,比較的バジェットの大きな仕事を取ることができて。そのタイミングで「この仕事は,もっとちゃんとした組織でやらないと駄目だ」と思い,当時は無一文だったにも関わらず,自分で会社を立ち上げることにしました。それが,フライトユニットのルーツになります。

4Gamer:最初のメンバーはどういった方々だったのでしょう。

松本氏:その当時のメンバーは,学生やフリーランスの人が中心でしたね。僕はひたすら仕事を取って来ながら,デザイナーとして製作までやっていたような形で。

4Gamer:フライトユニットさんに限らず,勢いのある会社はどうやって人材を集めているのだろう? というのは結構興味深い点だと思うんですが,フライトユニットさんの場合はどうやって人を集めているんですか? とくに仕事の内容が特化しているような組織だと,人材を探すのってとても難しいじゃないですか。

松本氏:うんまぁ,最初のメンバーで残っているのは僕ともう一人だけなので,あんまり偉そうなことは言えないんですが(笑)。ただ,以前所属していた会社が,数多くのCGクリエイター達を集めてまとめるというものでしたので,500人以上からなる人材のリストだとか,そういう情報は持っていました。

4Gamer:では,そういうリストを元に人集めを?

松本氏:そういうわけでもないのですが……。ただ,そうした環境にあったせいで,自然と人を見る目は厳しくなっていったのかもしれません。採用に関して言うと,基本的には「自分を最低基準」として見る,というのがありますし。

4Gamer:自分を最低基準に,ですか。

松本氏:例えば,僕自身もモデリングはできるんですけど,テクスチャを描いたり,キャラクターをデザインしたりはできないんですね。自分よりうまい人はいくらでもいる。ただ,オペレーターとして“手を動かす仕事”はちゃんとできる自信はあったんです。だから,最低限,僕くらいの力があれば仕事はできるってことなので,まずはそこを基準に見ています。
 あとは,その人の基礎能力だったり,何を好きで描いているか,みたいな部分ですね。いわゆる3DCGの作品なんかは,選考のときに一切見ません。

4Gamer:ああ,日常的にやっているかどうかみたいな部分を見るってことです?

松本氏:ええ。例えば,同人誌は採用の基準になりますが,学校の課題とかで作った奴は駄目ですね。

4Gamer:そういえば,CEDECやGDCでグラフィックス系の講演に行くと,講演が始まるまでの空いた時間に,落書きをしている人を大勢見かけたりするんですよね。あの光景を見ると,こういう人達がやっぱりプロになるんだよなぁと。

松本氏:そういうところって大事じゃないですか。うちのスタッフも,みんな休み時間に好きな絵を描いたりしてる連中ばかりですよ。


フライトユニットの社内で見かけた「シェルノサージュ」の未公開ポスター



あの感覚をもう一度味わいたい

4Gamer:話を戻しますが,会社を立ち上げた後はどういったお仕事をされてきたんですか?

松本氏:会社を作ってから暫くは,僕が元々所属していた大阪の「ラクジン」さんによくお仕事を頂いていて,黙々とそれをこなす日々が続いていました。おかげで,会社の地力は着実に上がっていったんですが,なかなか「やりたいこと」が出来ない状態が続いて。

4Gamer:やりたいこと?

松本氏:やっぱり,僕はゲームを作りたかったんですよ。とくに当時は,ゲームを作ることが今以上に大変な時代で,インディーズで作るなんて選択肢も選びにくい状況でした。ゲーム作りに参加するには,プロになるしかなかったんです。

4Gamer:てっきり松本さんは,絵描きやデザイナーを目指してゲーム業界に入られたんだと思っていたんですけど,そういうわけではなかったんですね。そもそも,松本さんがゲーム業界を志した経緯はなんだったんですか?

松本氏:いや,物心付いた頃には,父親が持っていた当時数十万くらいしたPC-8801とかを使って,BASICでゲームを作っていたんですよ。

4Gamer:元々はプログラマー志望だったんですか?

松本氏:そういうわけでもなかったんですが……,なんというか,昔は「プログラムを打つことが,ゲームを作るということ」だったじゃないですか。

4Gamer:ああ,そうですね。

松本氏:なので,僕もゲームを作りたいから,自然な流れでプログラムを書いていたんです。ですが,中学生のときに天才的なプログラマーに出会って。「あ,僕はプログラムをやる必要はないな」と思いました。幸いにも,この頃には絵を書いたり,音楽を作ったり,企画したりといったように,ゲーム制作も分業化され始めていましたから,僕は絵を描くか企画をするかのどっちかだなと。しかし,どうも絵の才能はそんなにないし,やっぱりゲームそのものを作りたい気持ちが強かったので,企画にいくことにしたんです。そのプログラマーはシアトルでマイクロソフトの社員になっていますから,振り返ってみても自分の選択は正しかったなと思っています(笑)。

4Gamer:ちなみにゲーム業界に入ったのはいつ頃ですか?

松本氏:ちょうど,初代PlayStationが出る少し前くらいですね。僕は21歳の時に,先ほども名前を挙げた大阪の「ラクジン」という会社の最初のメンバーとして業界に入ったんですよ。とにかく企画がやりたかったので,僕はプランナー志望のドッターとして入社しました。最初はアーケード向け格闘ゲーム「NEOGEO 天外魔境真伝」で,女の子のキャラクターとかを描かせてもらって,さらにそこから何本かのタイトルに携わらせて頂いたんです。

4Gamer:しかし,ゲームを作りたくてプランナー志望で業界に入って……となると,「CG制作中心」という今のフライトユニットとは,かなり方向性が違うような気がするのですが。

松本氏:そっちの方向へ突き進むことになった転機は,「シャイニングフォース イクサ」での成功体験が大きいですね。

4Gamer:どういうことですか?

松本氏:イクサに関してはいろいろエピソードがあるんですけど,その仕事を頂く前に,セガさんとは「アヴァロンの鍵2」という作品で少し関わらせてもらっていて。それが非常に良い評価をいただけて,「ファンタシースター ユニバース」や「戦場のヴァルキュリア」といった作品にも続けて参加できたんです。

4Gamer:かなりの大型タイトルですね。

松本氏:イクサもその流れで参加したタイトルの1つだったのですが,我々は途中参加だったので,サブキャラクターのゲーム内モデルをすべて作るというのが主な仕事内容でした。恐竜やガイコツ戦士でしたけど,これがかなり格好良く仕上げられたんです。それが一段落した頃,今度は「主人公の着せ替え用モデルを作りましょう」という話が上がってきたので,「着せ替えに合わせて,主人公のモデルも作り直していいですか」と提案してみたら,受け入れてもらえた。振り返って考えてみると,これがもの凄く大きかったですね。

4Gamer:え,それは追加の予算を貰えたってことですか? 主人公のモデルを作り直すというのは,そう簡単な話でもありませんよね。

松本氏:いや,そこ(ギャラ)は据え置きだったんです(苦笑)。だけど,主人公ってやっぱりゲームの花形部分じゃないですか。だから,僕ら自身がその仕事をやりたかったんですよ。実際,作っていてとても楽しかったし。

4Gamer:キャラクターデザインなんかもそうですが,誰もがやりたがるような仕事って,ただ待ってるだけでは請けられないものですよね。

松本氏:そのとおりですね。それに極端なことを言ってしまえば,僕たち(外注会社)は,基本的に余っている仕事をもらう立場なんです。手が足りないからオーダーが来るわけで,そのときに自分達のやりたいことと来た仕事が合致していなければ,それはただのお手伝いになってしまいます。

4Gamer:確かに。ざっくばらんに言ってしまうとそういうことかも。

松本氏:だから,やっぱりどこかで食いついていかないといけないし,やりたいことをやるための努力をしなくてはいけないと思うんです。それに,もう当時から台湾や中国に仕事を発注するというのは,ゲーム業界内で当たり前になっていたので,単純な背景や雑魚キャラの制作なんかは,海外のほうが圧倒的に安かった。今よりもずっと安かったんですよ。なので,そこで勝負はできないと思っていたんです。

4Gamer:なるほど。

松本氏:ともあれ,そんな形で,半ば強引に重要な部分の仕事をやらせて頂いたわけですけど,イクサでの仕事は,セガさんにとても高評価を頂いて,ゲームの宣伝でも「イクサのキャラクターモデルはよく出来ている」っていう打ち出し方をして頂けました。
 で,いろいろな雑誌なんかでイクサが大きく取り上げられるじゃないですか。そして自分達が作ったものが掲載されて,ユーザーさんの間で大きな反響を得たのを目の当たりにして。「これは気持ちがいいな!」と(笑)。

4Gamer:確かに当時,「これは凄いな」と思った記憶があります。

松本氏:ありがとうございます。とにかく,自分達の作ったものがこういう形で実を結んで,それをユーザーさんに評価して頂ける。この成功体験をスタッフ全員で共有できた最初の作品が「シャイニングフォース イクサ」だったんです。あの感覚をもう一度味わいたい!と思ったのが,今の業務形態になった一番の理由なんですよね。



工場になっては駄目。職人にならなければ

4Gamer:松本さんとしては,「より面白い仕事」を獲得していくために,どこかで「食い込んでいく」チャンスというのを常にうかがっていた……という認識でいいんですよね?

松本氏:それはもちろんです。先ほどもお話しましたが,海外デベロッパとの競争やゲーム業界自体も厳しさを増していくなかで,会社の存続と,自分達自身がやりたいこと――メインキャラクターのデザインですね――その2軸から考えたときに,やはり「工場になっては駄目だ。職人にならなければ」というのは強く意識していました。

4Gamer:付加価値や真似できない何か,ということですか。

松本氏:はい。単純な技術力云々というだけではなくて,「味」だったり「色」だったり。僕がたくさんの会社にアプローチをするなかで学んだのは,「自分達が何者であるか」ということを強くアピールすることがとても大事だということです。我々はこれができます,これが得意ですというのを,とにかく覚えて頂くことが重要なんですよね。

4Gamer:ああ。そうすることで“フライトユニットさんの使いどころ”が分かる,みたいなことですか?

松本氏:そうですそうです。デザイナーの多い会社さんにはフライトユニットは必要ないだろうとか,逆にこのタイトルにうちの味をくっつけたら面白いんじゃないかとか,そういう切り口を考えてからアプローチしていく感じですね。

4Gamer:そのあたりは,もう仕事全般に通じる話ですよね。

松本氏:ええ。それに自分の立場を主張するためには,事前の情報収集も大事なんです。席が空いていないところに突っ込んでいっても,無駄に労力を使ってしまうだけですからね。ですが,席が空いているところに行くだけでもだめです。それでは,やりたいことはできません。僕らのポジションを強く提示して,フライトユニットを使った企画を相手に提案したり,相手が思いついてくれたりする,そういうお話をできるのが理想です。

4Gamer:要するに,企画が立ち上がるときに「ここはフライトユニットに任せよう」という想定で始まる形が理想だということですよね。

松本氏:そうです。

4Gamer:ですが,当然そんな都合のいい仕事なんて,普通は落ちていないですよね。

松本氏:それはそうです。なので,インタビューのはじめに頂いたテーマに沿ってお話をするなら,面白い/花形の仕事を請け負うために,“その環境を作っていった”という表現が正しいでしょうね。その大きなキッカケになった最初の作品が「ロロナのアトリエ」だと思います。


「ロロナのアトリエ ~アーランドの錬金術士~」


4Gamer:「ロロナのアトリエ」への参加の経緯はどういったものだったんですか?

松本氏:ガストさんとは,その前に「アルトネリコ」を2作ほど一緒にやらせていただいたんです。このときはドット絵だったので,3Dではキャラクターを作りようがなかったんですけど,その流れのなかで,アトリエをPS3でチャレンジしたいという話を耳にしました。「それならば」と,アトリエを3Dにした場合を想定した映像を作って持っていったところ,満場一致で採用していただけて。

4Gamer:先に作品を用意して,売り込んだ形だったんですね。

松本氏:はい。ただ当時のアトリエは,あけすけに言ってしまうと,売り上げ本数が落ちていた時期でしたから,予算もその分しか確保できなかったんです。そうなると当然,フライトユニットもその中でやっていかなくてはいけない。普通に考えたら,その予算感で“PS3の3Dゲーム”を作るのはかなり厳しいわけですよ。

4Gamer:まぁそうですよね。

松本氏:だけど,逆にそこがチャンスでもあると思って。資金繰りも含めて,ガストさんと「どうすれば作れるか」を一緒に考えさせて頂いたんです。端的に言うと,「PS3なんだけど,まずはPS2の単価でやる。それでどこまで作れるか」という挑戦でした。そうやってなんとか完成したのが,ロロナだったんです。それがうまくいって……後はもう,トントン拍子でしたね。

4Gamer:え,だけど,結局「PS3なんだけど,まずはPS2の単価でやる」という部分は,かなりの無茶であることに変りはないじゃないですか。そこの帳尻はどう合わせたんですか?

松本氏:正直な話,今だから笑って言えますけど,当時のウチとガストさんの取引って,実はウチは結構な赤字だったりするんですよ。それこそ,あまり大きな声では言えないくらいの規模の赤字で……。ほんと,会社が潰れるかと(苦笑)。

4Gamer:えええ?(笑)

松本氏:でも,ガストさんとの取り組みがいろいろな会社さんの目にとまって,またそこで評価を頂けたおかげでチャンスが広がったので,トータルで見たらプラスだからいいかなと。そういう風に考えているんですよ。

4Gamer:どこで“実を取るか”というのは凄く大事ですよね。

松本氏:そうですね。今はおかげさまで,「フライトユニットありき」の企画がいくつも動いている状況ですよ。


フライトユニットがモデル制作を担当した「アトリエ」シリーズの主人公達



ただの“開発会社の下請け”にならない

4Gamer:「フライトユニットありき」の企画というと,「シェルノサージュ」なんてまさにそうだったとお聞きしています。

松本氏:「シェルノサージュ」は,フライトユニットで絵(キャラクター)を描きたがっていたntnyが,アルトネリコを一緒にやって深い関係を築いていたディレクターの土屋さんと一緒に立ち上げた企画です。実は当初は,ntnyが絵を描くと決まっていなかったんですが,ガストさんの決定を待たないまま,デザインはどんどん持っていきましたし,モデルもどんどん作っていきました。そして,気がついたら,ああいう企画になっていたんですよ。


「シェルノサージュ ~失われた星へ捧ぐ詩~」


4Gamer:現場のノリというか,そういう流れって大事ですね。

松本氏:ええ。予算取りから始めると,そのための会議とかにコストがかかるし,どうしてもそこに縛られるんです。だったら,やりたいことをどんどん突っ込んで,あとでどうにかするほうが僕は好きですね。

4Gamer:なるほど。ちなみに,フライトユニットありきのプロジェクトは,他ではどういったものが進んでいるんでしょうか。

松本氏:さすがにそれは,今の段階ではあまりお話できません(笑)。
 ただ結局のところ,僕たちは“フックの部分”しか作っていませんから,どこまでやったら「フライトユニットありきのゲーム」と呼んでいいものか,というのは結構難しいなと思っています。

4Gamer:どういうことですか?

松本氏:キャラクターというのは,雑誌を開けばパッと目に飛び込んでくるし,ゲームを買うときの動機になりやすいと思いますが,それ自体は“ゲーム”ではありませんよね。要するに,僕たちはゲームの根っこになり得るところを作っているし,僕自身もそれは大事だと思っていますが,ゲームの中の1割か多くて2割程度の要素にしか絡んでいないんです。あくまでゲームを作るのは僕らに仕事を振ってくれた会社さんであって,僕たちは最初の立ち上げのときにお手伝いをする,利用していただくという形なんですよ。

4Gamer:なるほど。

松本氏:フライトユニットは,立ち上げのときに「下請けの開発会社にはならない」というのをテーマにしていたんです。これは一つの考え方だとは思うのですが,例えば,ゲームを1本作る能力がある会社を立ち上げたとしても,それでは多くても1年に1回,数年に1回というサイクルでしかものを作れないじゃないですか。仮に100人,200人と雇って3~4本のラインを動かしても,年に出せる数はそれに見合ったほど多くはなりませんよね。

4Gamer:そうですね。

松本氏:それってつまり,投資というサイコロを投げて当たるかどうかのビジネスという目でゲーム開発を見た場合,かなり効率が悪いというか,凄くリスキーだなって思えるんです。

4Gamer:育ったブランドがあれば,そこの効率も変わってくるとは思いますが……確かに難しいですよね。実際,ゲーム業界はそこの「当たり目」の確率も減ってきたからこそ,苦しくなっているという側面もあるでしょうし。

松本氏:そうなんですよね。であるなら,例えば,1億円のプロジェクトで1000万円の役回りを10本やれば,1億円じゃないですか。しかもキャラクターという目立つところをやらせてもらえれば,10本の仕事のうち,どれかが当たる確率も高くなる。そうすれば,そこからいろんなチャンスを掴めるし,同時にリスクヘッジにもなりますよね。

4Gamer:なるほど。

松本氏:だから,さっきの話と被りますけど,僕らみたいな会社が生き残る(そして楽しくやっていく)にはこれしかない!とずっと考えていて。“そういう仕事を取れる会社”にするために,いろいろなアプローチをして来たという流れがあるんですよ。

4Gamer:そういう意味でも,フライトユニットさんってやっぱり特殊な会社ですよね。それだけのプロジェクトが1か所に年10本集まってくるというのは,CG会社としてかなり希有なケースだと思いますし。

松本氏:……うちはCG会社なんですかね?

4Gamer:あれ,違うんですか(笑)。

松本氏:いえ,僕も数年前までCG会社だと思っていたんですけど,最近はただのデベロッパなのかなと思っています。もっと言えば,ゲームデベロッパのデザイン部門だけを切り取った会社というのが一番しっくりきますね。確かに,CG会社だと思ってアプローチしてくる会社さんもあるんですけど,そういうところとお会いするたびに,やっぱり違うなと感じるんですよ。

4Gamer:まぁ確かに,映像中心で活躍されているサンジゲンさんあたりとは,だいぶ毛色が違いますよね。


キャラクターの設定が書き込まれたイメージボード


松本氏:やっていることが違いますからね。僕らは映像ではなくて,ゲームのキャラクターを作りたいんです。サンジゲンさんは,映像というか,コンテンツを作っていますから,全然違いますよね。

4Gamer:ただ,カートゥーン調のイラストとかキャラクターを3Dモデルに落とし込む技術を持っている会社は,現状少ないですよね。

松本氏:そうですね。僕らもサンジゲンさんが台頭してきたとき,「すごいな」と思って見ていたんですけど,次第に目指すところが違うし,やりたいことも違うなと感じるようになりました。僕たちは,あくまで“インタラクティブなキャラクター”を作りたいんです。

4Gamer:プレイヤーが操作する,何らかの影響を与えるキャラクターを作るときの注意点とか,明らかに映像制作会社とは違うという部分はあるんですか?

松本氏:新しい案件をやる際には絶対に主人公から作りません。どうしても作らなければいけない時には,捨てモデルを作るくらいです。やっぱり,主人公は基本的に自分の移し替えですからね。アーシャみたいに女の子であっても,その世界でみんなにチヤホヤされて,気持ち良くなるのは自分ですから,ある程度は自分が反映されるものだと思うんです。そうなると,キャラクターは万人に受け入れられるものを目指すことになります。

4Gamer:確かに。映像の場合は主人公でもキャラクターが立っていることが多いですが,ゲームは主人公だけしゃべらないなんてものも,少なくありません。

松本氏:ええ。そういう,言ってしまえば丸く,ニュートラルなキャラクターをイケてるデザインにするのは難しいんです。それよりは,アーシャでいえばウィルベルのようなキャラクターを先に作ると,その後が分かりやすくなる。彼女は記号化されているし,こういう性格だろう,こういう立ち振る舞いをするであろう,というのがなんとなく分かるので。そうやって周りがどんどんまとまってくると,主人公の姿も見えてくるんですよ。

4Gamer:たとえば,キャラクターの立ち振る舞いや仕草というのは,パブリッシャさんとの間で結構やりとりをするんですか。

松本氏:あまり細かくはやりませんね。大体は,このキャラクターはこういう性格だからとか,設定で内面を詰めていくとイメージができていくんです。アクセサリーを華やかにしたほうがいいのか抑えめにしたほうがいいのか,目尻のちょっとした角度を上げた方がいいのか下げた方がいいのかとか。

4Gamer:そうなると,極端な話をすればイラストだけあればモデルも作れちゃいそうですね。

松本氏:できますけど,絵だけでは,いくら数があっても情報が足りないんですよ。僕たちは,そのキャラクターがどういう性格なのか,どういう立ち振る舞いをするのかを考えます。我々が作っているのはあくまでキャラクターなので,絵ではなくキャラクターの内面に対する情報がほしいんです。  逆に,こういう表情を作るので,こういう風に使ってくださいとお願いすることもあります。それをやらないと,一生懸命作ったモデルがものすごく小さく利用されたりして悲しいですから。広報素材とかも,手が空いてればタダで作るんで,やらせてくださいと言いますね。

4Gamer:それも珍しいような。

松本氏:自分達が作ったキャラクターの晴れ舞台ですからね。コストを発生させて段取りを作ってからやると,面倒くさくなってしまうだけなんです。それよりは,プロジェクト全体のグロスの中に含めて,広報素材もどんどん作りますというスタンスのほうがいいじゃないですか。雑誌とかを開いたときに,うちの会社が作ったキャラクターがたくさん載っていたりすると,それはもう嬉しいですよね(笑)。



やっぱり“作品”を産み出すしかない

4Gamer:しかし,やっぱりフライトユニットさんは不思議な会社ですねぇ。

松本氏:そうですねぇ。というか,今ウチが関わっているプロジェクトはどれも,それこそ「主人公を含んだメインキャラクターだけ」とか,そういう仕事の受け方をさせてもらっているんですよね。自分で言うのもアレですけれど,これってやっぱり凄い状態だし,大変なことだなって思うんです。

4Gamer:ええ,そう思います。

松本氏:例えば,一人のデザイナーという視点で見た場合,雑誌の表紙を飾るような主人公を作れるようになる可能性って凄く低いと思うんです。

4Gamer:どこかの会社に勤めて,頑張ってチーフデザイナーになって,ようやく会社内で3Dのキャラクターを作れるようになって……みたいな感じですよね。

松本氏:そうそう。自分で「このキャラクターを作りました」って言えるポジションに付くのは凄く大変じゃないですか。だけど,今はスタッフのほぼ全員がそれを言える状態になっているので,これは“どえらい”ことだなぁと。

4Gamer:ふと思ったんですけど,そんなフライトユニットを作り上げた松本さんから見て,今のゲーム業界ってどう見えているんですか?

松本氏:単純なところでいうと,下請け同士という基準でグラフィックスリソースを考えた場合,当たり前のように海外のほうが安いし,レベルも高いですよね。中国やベトナムにしても,基礎能力という意味では,実は圧倒的に日本より上ですから。これは,日本だとゲーム業界に入ってくるのが専門学校の卒業生や絵が好きな人が多く,美大生のように基礎を学んだ人達が流れて来づらいから,という理由もあるのかもしれませんが。

4Gamer:そういう人達は,日本だと広告業界とかに行ってしまうんですよね。

松本氏:そうなんです。そもそも海外のほうが人数も多いし,何よりも,「これから」の産業なので,若くて優秀で,そしてゲームが大好きな人間がたくさんいるんですよ。一方で日本のゲーム業界は,世代がちょっと古くなってきているところがあると思うんです。もちろん,技術力という面ではまだ日本のクリエイターに軍配が上がると思いますが,それも何年持つか……。

4Gamer:そういう“産業の若さ”というのも,結構怖い部分ですよね。若いぶん未熟ではあるんですけど,逆に言うと,それだけ伸びしろがあるってことでしょうし。

松本氏:グラフィックスリソースの発注先という意味でいえば,国内の受託会社が戦える環境は,もって2~3年くらいじゃないですかね。例えば「アンチャーテッド」なんかのスタッフロールには,中国やインドのスタッフであろう名前がたくさん出てくる。ゲーム業界以外に目を向ければ,あのハリウッドでさえ,中国のスタジオを取り合ってる状況じゃないですか。

4Gamer:そうですねぇ……。

松本氏:そうなると,日本の開発会社(クリエイター)は,やっぱり“作品”を産み出すしかないわけです。しかもそのなかで,自分達の好きなもの,ワールドワイドで戦えるもの,その両方にチャレンジしていかないといけない。もちろん,海外と真っ向から戦える方達には頑張ってほしいとは思います。国内でも,世界のトップレベルで戦っているタイトルやクリエイターさんはちゃんといますから。そこは本当に応援したい。

4Gamer:では,そういう状況があるなかで,フライトユニットや松本さんご自身はどうしていかれるんですか。

松本氏:フライトユニットって,現在16人の会社なんですが,海外も含めて何万人と居るクリエイターの中の16人が,ここから50人,100人となっていくようなことは,おそらくないでしょう。だけど,ただ生き残るためではなくて,少数精鋭で何かモノを残すために前へ進んでいきたいと思っています。このくらいの人数がやりたいことを仕事としてやっていける隙間は,きっとどこかに残っているはずなので。それを常に考えていますよ。

4Gamer:会社としての今後の目標みたいなものはあるんですか?

松本氏:フライトユニットという会社は,自分達のやりたいことを突き詰めていって,ある種のキャラ立ち(特徴付け)もできていますから,そういう意味では,もう完成した会社でもあるんです。ですから,今後のテーマは「継続」ですね。フライトユニットで仕事をしたい人間が,定年までちゃんとやれるという形をキチンと作っていくことですね。

4Gamer:それはそれで,むしろ一番難しいような……。

松本氏:そうかもしれませんね(苦笑)。実際,世の中に数多くある企業が一番できていないことが「継続(存続)」でもありますし。なぜできないかというと,それは“変化”に対応できないからですよね。スタッフは歳をとりますし,世の中の状況もどんどん変化していっています。そもそも今は,経済的に下り坂で,立ち止まっていたら落ちていきますから,常に前に進まなくてはいけません。

4Gamer:ゲーム産業ってとくに変化が激しい分野で,今後どうなっていくかは誰にも分からないのから,不安を感じている人は少なくないですよね。

松本氏:そこはもう,分からないし,考えても仕方がないですよね。僕たちフライトユニットという会社は,物を作りたくて集まっている組織です。たとえ50歳,60歳になっても,作り続けたいわけです。基幹メンバーは,今は28歳くらいなので,それがあと10歳上がった場合,家族ができた場合で考え方は変わると思いますが,基本的なところは今後も変わらないでしょう。

4Gamer:では,松本さんご自身は今後こうしていきたいという展望はあるんでしょうか。

松本氏:会社と自分を切り離したとき,松本浩幸という個人がこれからどうすべきかは正直分かりませんね。今の仕事は楽しいし,やりがいもありますけど,管理だけしている現状に満足しているわけじゃない。自分としては新しいチャレンジをしていきたいなと思っています。個人的には,趣味でもいいので,時間をとってゲームをまるまる1本作りたいですね。

4Gamer:お,何か具体的な構想はあるんですか。

松本氏:まったくないです(笑)。

4Gamer:失礼ですが,松本さんっておいくつなんですか?

松本氏:40歳です。

4Gamer:なるほど。私も割と適当に人生を送ってきたクチですが,そんな人間でも30歳を過ぎると,やっぱりいろいろ考えちゃうんですよね。

松本氏:会社がうまくいっているからこそ,先を考えちゃいますよね。

4Gamer:若いうちは単純に「楽しいから」ってだけで,何でも前向きに突き進めるんですけど……。

松本氏:家族や子供がいれば,もっと考え方も変わってくるのかもしれませんけどね。まただぁ,僕の座右の銘は「人生一回こっきり」なので。あと,好きなことわざは「人間万事塞翁が馬」です(笑)。悪いことがあったら必ずいいことがある。僕やフライトユニットにしても,潰れたプロジェクトやさまざまな失敗があったからこそ,今があるんです。だから,悪いことに引きずられないようにはしたいという部分だけは心がけています。

4Gamer:なるほど。

松本氏:実際,フライトユニットが軌道にのる前なんか,自分の家の家賃が払えなくなってしまって,3年間くらい会社の事務所に住んでいましたからね。タライを風呂代わりにしていたのは,想い出深いです。だからまぁ,前向きに取り組んでさえいれば,なんとかなりますって。

4Gamer:このご時世にタライ風呂ですか(笑)。
 そういうハングリー精神旺盛な話は,最近あまり聞かないですね。

松本氏:電気給湯器しか使えなかったので,お湯が5分もでないんですよ。冬とか寒かったな……(笑)。

4Gamer:って,なんだか話が妙な方向に脱線してしましましたが。
 ともあれ,今動いているというさまざまなプロジェクトを含め,フライトユニットさんの今後の活動に期待しています。本日は,ありがとうございました。

松本氏:ありがとうございました。



 総勢16人。決して大きいとは言えないフライトユニットという会社が,昨今,なぜこうも目立った活躍をして来られたのか。
 今回のインタビューでは,その理由について探っていければと考えていたのだが,何をどうチャンスにつなげるのか,また自分達ができること/やりたいことをいかにアピールしていくのかなど,いろいろと示唆に富んだ内容だったように思う。

 年々厳しさを増すゲーム業界のなかにあって,どう生き残っていくのかだけではなく,どう自分達がやりたいことを守っていくのかということは,そこで働く人間(クリエイター)にとって非常に大きなテーマである。そもそも,ゲーム業界に携わる/志す人は,やはり「ゲームが好きで」「エンターテインメント産業に携わりたくて」といった心持ちの人間が多いわけで,「やりたいことがやれなくなる」のは死活問題であろう。

 今回のインタビューからは,フライトユニット(というか,松本氏)が“やりたいことをやる”ために行ってきた努力や工夫,そしてその考え方などがうかがえたわけだが,とくに“やりたい仕事をやれる環境”をどうしたら作っていけるのかというくだりは,会社経営というよりは,むしろ個人の仕事の仕方にも通じるものが多いのではないだろうか。

 ただ振られてくる仕事を待つのではなく,労力を惜しまずに積極的に提案をして実行し,それを認めてもらう。そのうえで,自分達のやりたいこと,やれることをしっかりと相手に伝えていく。シンプルだが,仕事をしていくうえで信頼関係を築いていくには,地道にそういった努力を積み重ねていくしかないのかもしれない。

 松本氏曰く,現在は10近くのプロジェクトが同時進行中だというフライトユニット。彼らの作る新たなキャラクター達が,画面狭しと暴れ出す日が楽しみである。


※PCサイト


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※この記事は、4Gamer.netより提供された情報をもとに、テレビ朝日が改変・編集し掲載しています。元記事はこちら

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