柴田淳
正々堂々、真っ正面から“歌うということ”に向き合った、実に真摯な作品だ。デビュー10周年アニーバーサリーの締めくくりであり、11周年記念日でもある10月31日にリリースされた、彼女にとって初のカバーアルバム『COVER 70's』。「異邦人」「みずいろの雨」「木綿のハンカチーフ」「秋桜」「22才の別れ」……と70年代の名曲が目白押しだが、楽曲がもつオーラに呑み込まれることなく凛として立ちのぼる“シンガー・柴田淳”がいる。その世界に浸りつつ、彼女の11年間の歩みと、この先の未来に想いを馳せたい。
Q:このタイミングに初のカバーアルバムをリリースされた理由というのは?
柴田淳:デビュー当時から“カバーを聴きたい”っていうリクエストはたくさんいただいていましたし、過去にも何度か企画が上がったりはしていたんです。ただ、単にカバーするだけならカラオケと一緒だし、かといって例えばジャズ風にとか、原曲のアレンジを変えて歌うのもイヤだったんですよ。でも、それにはまだ自分の技量や説得力、表現力が足りないとずっと思っていて。“やっちゃいけない”って思ってたんですね。
Q:聖域みたいなものですか。
柴田淳:はい。自分もプロである以上、プロの方が一度、作品として世に出されているものに簡単に手を出してはいけない、と。もちろんリスペクトもありますし、何より自分が歌いたいと思う楽曲が素晴らしいものばかりなだけに“原曲はもっといいんだよ”って言われてしまうようなアルバムを作ってしまったら恥ずかしいという気持ちも正直ありましたし。
Q:では今回の作品はかなり覚悟を決めて臨まれた?
柴田淳:覚悟というか……今までの私はシンガーソングライター、つまり自分で作詞作曲をしているからこそアーティストとしてオリジナリティを持って立っていられてたところがあって。自分で作ったものだから自分の歌い方が正解なわけで、上手い/下手ではなく“それがオリジナリティだから”と言えたんですね。
Q:つまりソングライティングが“アーティスト・柴田淳”の拠り所でもあった、と。
柴田淳:そうなんです。でも何年か前にカバーを歌うイベントに出させていただいたことがあって。カバーを歌うということは“シンガー”として問われるということで、私にしてみれば“ソングライター”の部分を取っ払わなければいけないステージなわけですよ。
Q:怖かったでしょうね、それは。
柴田淳:怖かったです。“柴田淳”の何をどうやって魅せればいいのかまったくわからなくて。なけなしの自信がガラガラと崩れて、そこで一回、挫折してしまったんですね。そこからが本当のスタート。活動を重ねていく中で少しずつ、カラッポのプライドから中身のある自信が生まれて蓄積されていって……厚さにすればたった1mmかもしれないけど“1mmは絶対にあります!”って言える自分になれたから。デビューして10年経ってようやく、ほんの少しでも柴田淳の世界を築き上げることができた……と信じたいんですけど(笑)、だからこのタイミングでこのアルバムのリリースを迎えられてよかったなと。小さくても“ああ、柴田淳の世界がここにあるね”って思ってもらえる作品ができたのかなって。
Q:それにしてもすごい選曲ですよね。70年代の王道中の王道、どこを切り取ってもヒットソングばかりという。
柴田淳:きっと、いい度胸してるねって言われるんだろうな(笑)。でもヒット曲を並べたつもりはないんですよ。70年代後半生まれなので原曲をリアルタイムで聴いてたわけでもなく、小さい頃からずっとウチの母が口ずさんでいるのを聴いて覚えたんです。そうやって自分もずっと歌ってきて、そのなかでも特に気に入ってる曲を挙げていったら70年代のものがほとんどで、だったら全部70年代で固めちゃおうって。
Q:“70's”は後付けだったんですね。
柴田淳:無知ほど怖いものはないんだなって思いました(笑)。どれだけすごいヒット曲かも知らずにただ純粋に好きっていうだけで選んでいるので。だから歌詞ひとつにしても今回手がけて初めて“こんなすごい歌詞だったんだ!”って改めて知る、みたいな。きっと歌いたくなるように言葉も計算されていて、それが絶妙にメロディに乗っかってるから、気持ちよくて。知らぬ間にすごい歌詞を歌ってたんだなって。
Q:意味とかわからず語感だけでも“いいな”と思わせる。そこが歌謡曲と呼ばれる曲たちの強さ、すごさでしょう。
柴田淳:ホント歌謡曲って日本のソウルミュージックだと思います。だからこそ、このアルバムもいろんな世代の人たちに聴いてほしい。もっと若い世代、例えば高校生のリスナーにとっては“新曲”として響くかもしれない。私の声を通して、この曲たちを知ってもらえたらとても光栄だし、そこからオリジナルに辿り着いて70年代に興味を持ってもらえたらと思うし。一方で母の世代の人たちからは辛口コメントをいただいたとしても嬉しいと思うんですよ。その上で、もしも“いいね”って言ってもらえたらこんなに幸せなことはないでしょうね。ちなみにウチの母は今、「東京」がヘヴィローテーションらしいです。“歌詞がいいわね〜”って、このアルバムで初めてサビ以外の歌詞とか知ったみたい。今になって私が教える側になるとは(笑)。
Q:反響がますます楽しみじゃないですか。
柴田淳:実際、今作をリリースしますって告知したらオリジナルアルバム以上に反応がよくて、ちょっと複雑なんですけど(笑)。でもカバーアルバムという、ある意味“歌手の部分”に特化した作品にこれほどたくさんの人が期待してくれてるんだな、歌手としてもちゃんと認めてもらえてるんだなっていうのを目の当たりにして、すごく力をもらって。その自信を得られたから、これからが楽しみって自分自身も思えてます、今。“この先、一体どんな曲を書くんだろう、私?”って。
Q:名曲たちのエッセンスが柴田さんのフィルターを通して、ご自身の中にも浸透したでしょうしね。きっとそれは歌だけでなく今後のソングライティングにもにじみ出てくるものだと思います。
柴田淳:それは感じますね。でも、そう思うと余計にどうしようって気持ちにもなりますね。こんなマンモス級な名曲たちを歌ったあとに自分の曲を作って出すのはやっぱりプレッシャーですもん。お願いだから比べるのはやめてねって(笑)。
Q:当然、期待は高まりますよ。
柴田淳:うわぁ……どうしよう(笑)。でも実際、リリースした一瞬は幸せだけど、その先ですからね、問題は。私、常に最後だと思ってやってるんですよ。そう思いながら気づけば10年以上経ちましたけど、でも常にこれで終わりだっていう気持ちでいるのはいいことかなと思ってて。たぶん納得したり満足したら終わるんじゃないかな。よく人から“幸せを感じられない人だね”って言われるんですよ(笑)。たしかにその時点では幸せだと思っても、次の瞬間にすぐに過去になっちゃって、その先に向かっちゃうんですよね。“急ぎ過ぎ。ちょっとぐらい噛み締めたっていいじゃん”って言われるんだけど……。
Q:心配性ですか。
柴田淳:貪欲すぎるのかも。例えば1位になるとするじゃないですか。周りのスタッフみんなが“やった!”って喜んでくれますよね。でも、私は“問題は次だよね”って言っちゃうんですよ、絶対(笑)。
Q:あはははは、面倒くさい人だ。
柴田淳:噛み締めたら終わりって思っちゃうのかもしれない。いや、嬉しいんですよ? もちろん。でも、そこで満足とはならないんですよね。“私の満足ってなんだろう?”って思います、こうやって今話しながらも。
Q:ずっと追い求めていくんでしょうね、これからも。
柴田淳:ね? ホント面倒くさい! でも私が幸せになっちゃったら“柴田淳”じゃなくなるらしいので、そのまま頑張っていきます(笑)。それに私自身、次に作るアルバムが楽しみなんですよね……って、自分の首を絞めてる気がしますけど(笑)、このアルバムを作れたことで今、新たに未来が見えた気がしているので。
【取材・文/本間夕子】
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COVER 70’s【初回限定盤】
柴田淳
2012/10/31[アルバム]
\3,300(税込み)
VICL-63934
ビクターエンタテインメント
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COVER 70’s【通常盤】
柴田淳
2012/10/31[アルバム]
\2,800(税込み)
VICL-63935
ビクターエンタテインメント